歌舞伎の世界での血統の関係で、親戚縁者に芸能の畑での著名な人が多い家だった。
殊に“大御所様”などと呼ばれているよな、
全国レベルで名も顔も売れている人物を祖父としている関係で、
マスメディアから関心を寄せられての取材という接触も少なくはなく、
父や叔父たちは季節の折々に催される何やかやへも取り上げられることが多かったせいで、
ごくごく普通の誠実なお友達というのが作りにくく。
好奇心から近寄って来る人が多かった反面、
巻き込まれるのを警戒してだろう、大半の同世代の人たちからは敬遠されてもいたらしい。
だがだが、戦後爆発的な普及を見せたそのまま庶民へ一番間近いメディアとなったテレビで
毎日のように放映されるドラマや時代劇への露出に精力的だった祖父が、
家系や格式なんぞをあてにしない活動をバリバリと進めることで、
映画やドラマへの露出も増えると同時、俳優としての個人の名を広く浸透させ。
それを盾にするように、
“自分の係累は梨園のしがらみには関わりなしだ”と常々言い続けていた結果、
少なくとも孫や大甥にあたろう代の子らへは、
日頃の生活などに及ぶよな格好での面倒な注目がほぼほぼ寄り付かなくなった。
なので、自分たちはあくまでも一般家庭の人間であり、
人目を気にして“自己”を押し隠す必要もないままに振る舞ってよく。
よほどに事情通でもない限り、あの太刀川屋の…という目も向けられなくなり、
結構伸び伸びとしていられた方だと思う。
“そろそろかなぁ。”
そんな自由自在を与えられたのに、
気が付いたら梨園とは異なる畑ながら舞台俳優の道にのめり込んでいて。
ありがたいことに仕事が途切れない身となれたので、
大学へは進学せず、そのまま劇団での活動で生計を立てている。
20歳を迎えたのを機に、独立というほどでもなかったが、
海外公演などもあっての不規則な生活が増えたため
至便を考えて一人住まいのためのマンションを借りた。
荷物置きと寝に帰るだけのよな場所だったから、
人を招くなんて思ってもなかったけれど、
なんと今日は仲のいい知己が遊びに来ることとなっている。
【来たよぉ♪】
撮影の合間などにスマホやデジカメで撮り溜めた写真や動画、
空き時間に見せたり見せてもらったりを楽しんでいたが、そうそう時間も割けず。
意外と量があるので、
PCをテレビにつないで見せ合いっこしようということとなってのご招待で。
そういえば誰かが此処へ遊びに来るなんて今までなかったなぁと、
おもてなしの用意をしつつそこへ気が付いた途端、
何だかそわそわしたものの、端から見る分には常の落ち着きをたたえた顔をしていたらしい。
約束をして数日後のいよいよ当日、
来ましたよというチャイムに応じてセキュリティロックを解き、
玄関のドアへと向かいつつ準備に忘れはないなと指折り確認。
続いてドアのチャイムが軽やかに鳴る。
「いらっしゃ…い…?」
それほど部屋数はないマンションなのですぐ間近も同然の、
エレベータのケージからやって来た、待ちかねていた愛らしいお顔が現れて。
開いたドアの枠を額縁にした絵画のように、
屈託のない笑顔は間違いなく想定していたお相手のそれだったものの、
「お邪魔します…というか、自転車はどこに置いたらいいんだろ。
ここに上げちゃって構わない?」
「は…?」
靴も結構数があったのでと、玄関クロークは広く、
何なら外套も収納できるようなウォーキングクロゼットも設けられている。
なので、ロードタイプの自転車なぞ余裕で収納できたが、そうじゃあなくて。
「お前…それ、その恰好で…?」
何ともスポーティな軽装。
頭にはどこのチームのかも判らないけれど額側だけにつばの付いたキャップをかぶり、
ジョギングパンツに近かろう短パンとTシャツにスニーカー。
荷物はボディバッグを肩から胴へと巻き付けただけというよな格好で、
愛車らしい自転車を押してドア向こうに現れた敦だったものだから。
ひょっと妙な息が漏れたそのまま、固まってしまったのもほんの数秒。
自転車のハンドルをつかむと、力づくでフラットの中へ引っ張り込んだ芥川だったりし。
日頃の落ち着きぶりはどこへやらという焦りようなのがありありしており、
そんな慌てようはさすがに当事者である敦へも伝わって、
「あ…もしかしてドレスコードみたいのがあるのかな?」
一応、クロークにいたお姉さんはやさしく会釈してくれただけだったけど。
いくらなんでも軽装が過ぎたかな、
住んでる人じゃないって判ったら不審者通報されてるのかな?と。
彼なりに今思いついたらしいことを案じ始め、
淡色の眉を垂れさせて、
だったら迷惑かけちゃったかも、ごめんなさいと続きかかるのへ、
「い、いやいやいや、そうじゃなくて。」
さすがにかぶりを振って訂正する。
軽装ではあるが、スポーツするのにふさわしいいでたちには違いないし、
過酷なレースさながらというよな、汗みずくとか泥まみれなんて言うよな惨状でもない。
それでも芥川が柄にないほど焦ってしまったのはどうしてか。
そんな彼の視線の先に立つ弟くんは、
まだまだ童顔なお顔が乗っかる、
おとがいの下から連なる首条やデコルテも柔らかそうな印象の愛らしさは
さすがに見慣れたそれだったが、
それが乗っかっている肢体が…四肢がいけません。
それは健康的な肉付きの腕に、すらりとした御々脚が太ももからほぼ丸出しでまぶしいほど。
ちゃんと鍛えていて、見掛け倒しではなくの筋量もしっかりしたものだが、
実用タイプだったのでこれ見よがしにごつごつとまでの盛り上がりもなく、
いわゆる、若木のようなとか若鹿のようなと評されようしなやかさ。
だったので、ついつい力づくという強引さで引っ張り込んでしまったが、
慌てふためいただけであって、
まあ確かに不埒なと焦っての行動だったには違いないが、
知己の住まう居住空間への来訪に咎められる種のいでたちじゃあない。
『むしろ不審だったのは芥川の方だぞ、それ。』
あとで話を聞いた中也が盛大に噴き出したのも無理はなく。
ややハイソなマンションじゃああったが一般的な住居で、
ドレスコードなんてあるはずないし。
健康的でこそあれ、不埒に思えたとしたらそうと思った側が悪いというレベルだというに、
芥川にしてみれば、
そんな愛らしさに満ち満ちた格好で公共の場を油断しまくりで歩くなと咄嗟に感じたらしい。
まだ微妙に取り乱したままだったか、
すぐ傍らにあったクロークに提げっぱなしになっていた丈のあるスプリングコートを引っ掴み、
掴みかかる勢いで、きょとんとしている弟くんの肩へと掛けて、
というか、包み込むよにしてぎゅっと抱きかかえてしまうところが、
やはりまだまだ落ち着いちゃあいない。
「…えっとぉ。」
「いや…すまない。」
説明もないままの、唐突で強引な態度に面食らっているのだろうというのは遅ればせながら判る。
日頃、それはソフトで紳士的な接し方をしてくれる兄様なだけに、
一体何が“いけなかったのか”という方向で戸惑っているようで、
『そういえば…。』
この少年、将来目指すのがスーツアクターだからか、
トレーニング中でも上裸や半裸になったりすることは滅多にない。
多少暑いくらいでうんざりしていては始まらないし、
最近は素材の進化で着ていたほうが通気性もいいウェアがさまざまに出てもいる。
なので、こうまで眩しい恰好を目にしたのがお初に近かったせいもあろう
……というのは、のちに中也から頂いた助言のお言葉だったが。
「あ…汗かいてるんだろう?」
何とか絞り出したのがそんな一言。
薄着だということは汗を吸いもしなかろう。
懐に引き込んだ少年の額あたりを覗き込み、
淡い髪が貼りついているのを指先でそおと避けてやりつつ、
「冷やすと風邪をひきかねなくないか?」
「あ、はい。」
自転車をスタンドで自立させたのを見て、やっとのこと手を放して差し上げ、
さあとりあえず汗を流して来なさいと、
コートでくるめたまんま背を押してバスルームに追い立てる。
着替えは…さして体格に差はないので
買い置きの新品のあれこれを出せばいいかと算段し、
「帰りは車で送ってくからな。」
「はい♪」
わぁ、さっそくドライブ出来ちゃうとはしゃぐ虎くんを尻目に、
スポーツサイクルも乗っけられるボックスカーにしといてよかったと、
やっと何とか胸を撫で降ろせたちぃ兄ぃにだったようでございます。
to be continued.(26.05.01.〜)
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*芸能パロの皆様のその後というか。
何だか可愛い間柄が育ちそうなので、
ついつい続いてしまっております。(笑)

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